本番1ヶ月前
わずかな期待

Apr. 13 1999

しばらくぶりにこのページを書く.
約1カ月ぶりである.
今までなぜ書かなかったのか?
書く気がなくなったから.
書くのが恐くなったから.

弦合宿で自分が受けたショックは大きかった.
総会で自分は何を言ったか?
『音程と縦の線,すなわちアンサンブルを整えれば, 今よりももっと良くなるはずである.』
最初のページで何を書いたか?
『アンサンブルをするという意識を徹底的に植え付ける.』

蓋を開けてみると,
音程はとれないけど,丁寧にとろうとしない.
リズムが正確でないのにメトロノームを使わない.
アンサンブルしようにも自分のことで精一杯.
このままでいいのだろうか?

いや,決して良くない.
3月,特にトップに対して少し厳しくあたったのは,
そういった不満が根底にあったからである.
井の中の蛙達よ.
目を覚ませ.
自惚れるな.

努力は自分で評価できない.
「自分で自分を褒めてあげたい」
かつてマラソン選手の有森さんがそう言った.
しかしその努力のレベルは我々の想像をはるかに越えるものである.
真似をして,「自分は努力しています」と言われても,認められない.

君達の努力は,まだそんなものである.
足りない.全然足りない.
あと一カ月,やることがまだ山のようにある.
演奏会後に後悔するくらいなら,
今のうちにもっと努力して欲しい.

ひたむきに努力して欲しい.


ここまでは,Tutti の前まで思っていたこと.


11日の Tutti は, 今回の演奏会の仕上がりに対してかなり否定的になっていた自分に対して, まだ期待が持てるかもしれないという印象を与えてくれた. 1楽章に関しては, 荒削りではあるものの,安定感がでてきた. アンサンブルをしようという意志が感じられた. 全ての人ではないけれども,やる気が伝わってきた. もう少し細かいところをきちんとさらってくれたら, トータルでは第62回のブラ2を越えられるかもしれないという望みがでてきた. もちろん,1楽章だけの話であり, それも第62回の後ろ姿がやっとぼんやり見えてきた程度ではあるが. それでも,1ヶ月あれば追い付き,追い越すことが出来る程度にはなってきたと思う.

2楽章についても, 危機的状況は脱していて, 音楽を作るレベルになってきている. 奏者に多少ではあるが余裕が感じられる場面があった. 今までそんなことを感じたことがほとんどなかったので, ものすごくうれしかった. おそらくこれまで練習を続けてきて,一番うれしいと感じたのはこのときだと思う. ただし,若い奏者達には難しい楽章であるため, 曲に仕上げるには多少の工夫が必要かもしれない.


自分としては,もっと悲惨な状況を想定して臨んだ今回の Tutti. 非常に良くやってくれている人もいれば, いまだにくすぶりがちな人もいる. これから演奏会本番までの1ヶ月が本当の勝負である. これまで基礎をしっかりとやってきた人たちは, これからの1ヶ月で大躍進を遂げる可能性がある. そうでない人でも, 1ヶ月あればかなりのことができるようになるはずである.

この演奏会を,素晴らしいものにしたい.
奏者も,お客さんも,みんなが満足できる演奏会にしたい.
残り少ない時間を,
悔いのないように過ごして欲しい.
演奏会後のすがすがしい笑顔が見たい.



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